上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
319 オレンジ電話 2007/08/15(水) 14:07:24


小学生の頃、M君という好きな人と同じ道を通りたくて、通学路を外れて帰っていた時期があった。
M君への気持ちが大きくなり始めた頃、彼の家の場所を本人から聞いた。
家まで行く気は無かったけど、まだ一度も通ったことの無い道に興味が湧き、迷子にならない程度に新しい道を進んで行った。

M君の通い慣れた通学路だと思って幸せな気分で歩いていると、私の母が前から歩いてきた。

通学路をはずれて歩いている事で怒られると思ったので、母に背を向けて逃げ出した。
来た道は大通りへ続く一直線の通りだったので、 母もそこを進むと思い、私は曲がりくねった脇道へ逃げ込んだ。

遠くの影から母が通過するのを確認しようと覗いていると、母が通過した直後、車の衝突音が響いた。


私は母が事故に遭ったと思い、急いで駆けつけた。
母が通過して行ったその通りへ出ると、大破した車と血溜まりがあり、茶色と深緑のたまに見かける珍しい制服を着た男子がうつ伏せに倒れてい た。
私の母はその現場で車の運転手が叫ぶ傍ら、ド派手なオレンジ色の電話を手に持っていた。
その時、私は恐怖に足がすくんで、逃げるように別の道から走り去った。

当時の母は携帯など多分持っていなかったし、普通の人はまず持っていなかったと思う。
私は携帯の存在すら知らなかったから、家庭用電話の子機かと思っていた。

軽くパニックになった私はそのまま自宅まで走った。
そして興奮状態で自宅に着いた。


いつもは家に母がいるのだけど、
あんな事故の現場に居合わせたのだからいないだろうと思い、 とりあえずダメ元で自宅のドアノブをひねった。
しかしドアは開いた。

リビングには母がいて、何も無かったように「おかえり」と言った。
私は事故の跡を目撃したショックから号泣。
あの場に居合わせた母が被害者じゃなくて良かったと伝えた。
すると母は「ママは西友に行ってたよ。」と言い、私が見た母は別人だと言った。
オレンジ色の電話についても話したが、「変わった電話があるのね」と言わ れた。
しばらく私は興奮状態で母に事故の状況を説明し、なだめてもらった。
通学路は守れときつく叱られたが、私は母が無事だった事に安心した。



それから何年も過ぎ、私が高校に入った頃、若者の間にPHSブームがきた。
ある日、母がPHSを買ったと喜んで私に報告してきた。「これニンジンみたいでしょ」と母が取り出したPHSは、あの事故の現場で母と思しき人物が手にしていたものと全く同じ物だった。

私はすぐにそれを母に伝えた。「あの時見たのは、オレンジでアンテナが緑の、そのPHSだよ!」と。
しかし母はまともに取り合ってくれなかった。 つい最近発売されたばかりのものだったので、あの頃それは存在し得ないから。
当時の私の言葉も、オレンジ色の電話に関しては全く覚えていなかった。
似たような何かと見間違えただけ・・・とか、ショックで記憶が曖昧になってい る・・・と言われた。

母がPHSを所持して半年くらい経った頃、私は急に痩せて制服のサイズが合わなくなってきたので、 自分の高校の制服を扱っている店へ、制服を仕立て直しに行く事になった。

本当は私が行くべきだったのだけど、母が丁度その近くに住む友人に用があるという事で、代わりに母が行ってきてくれる事になった。

その日、私が学校から帰ると、母からとんでもない話を聞かされた。
「目の前で高校生の男の子が車に撥ねられた。多分命は助からない」と。
場所は、あの日私が事故現場を目撃したのと全く同じ場所。
母は現場からPHSで消防署と警察へ連絡しようとしたが繋がらず、 公衆電話から通報し、状況を説明する為しばらく現場にいた・・・と。

あの事故で亡くなったのは、茶色と深緑の制服の私立高校に進学したM君だった。


母は、(上に書いた通りの)私の話を聞いて、私の事を叱った。
人の死をネタに話を作るもんじゃない、と。
それ以来、この話は封印してきた。

あの小学生の頃のM君への気持ちは、小学校を卒業する前には冷めていて、 M君と同じ中学へ上がっても特に意識する事もなく、すっかり疎遠になっていた。

もしかすると、単なる私の記憶違いなのかも知れないけど、 生まれて初めて携帯電話の存在を知った出来事でもあったから、どうにも解釈しようの無い記憶で未だにモヤモヤしている。

長文失礼しました。


324 本当にあった怖い名無し 2007/08/15(水) 14:36:03

M君が助けを求めて過去のあんたに映像見せたとか?

325 オレンジ電話 2007/08/15(水) 14:43:15

私も少しそんな風に考えてた。 でも、彼と私はそんなに親しい仲でもなかった。
自宅の場所を聞いたのだって、給食中に軽く交わした会話。
サシで話した事なんて、ほとんど無かったと思う。

それゆえに、遠い存在の私に助けを求めたとはちょっと考え難い。そう思う反面、救えなかったという申し訳ない気持ちもあったり・・・。
関連記事
スポンサーサイト

コメント - 0

新着記事一覧
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。